悟こと『オレ』は、奇妙な記憶障害に陥っている。
思い出せることと思い出せないことがバラバラなのだ。
どうやらこの記憶障害は、記憶移植によるものらしい。グラサンも記憶移植だと認めていた。
記憶を移植されたならば、誰の記憶を移植されたのだろうか?
ここでは『オレ』の記憶を検証し、記憶移植の正体を考察していくこととする。
『オレ』の記憶の中で最も重要なことは、中途半端に物事を記憶していることだろう。
その中途半端さについて、以下に例を挙げてみよう。
【覚えていること】
自分の名前、年齢、西暦、今いる場所、スフィアの大まかな構造、スフィアにいる人間、犬伏の過去、赤倉岳の事故のこと、避難小屋にいた3人のこと、黛と交際した思い出
【忘れてしまったこと】
1月11日以前の記憶、自分がスフィアにいる理由や目的、内海やゆにがスフィアにいる理由、黛との交際のきっかけと別れ
おかしい点が多すぎる。
自分の名前を誤認していること、黛と交際についての記憶が特におかしい。
黛との交際については、普通きっかけと別れは忘れられないものだ。交際期間中の思い出だけをしっかりと記憶しているのは不自然である。
名前などはなおさらだ。
思い出せないことはあっても、自信満々に
違う名前を覚えているなど不自然すぎる。
『オレ』の記憶がプレイヤーのものだった。
『オレ』の意思もプレイヤーに限りなく近いものだった。
――とすれば、サトル編での悟の記憶や行動にも納得のいく点がいくつも生まれてくる。
それを挙げてみることにしよう。
まず、黛との交際の記憶。
ココロ編で得た情報を元に、『オレ』は黛と交際していたと、勝手に判断したのだろう。
交際期間の思い出は覚えていても、その始まりと終わりを覚えていないのは、ココロ編で黛に教えてもらっていないからである。
特に、耳のピアスに触れる癖などは、偶然こころが見つけたものに過ぎなかったのだ。
2つ目は、サトル編で黄泉木が、犬伏景子に潤一を殺された時の話をしたこと。
悟にとっては知らないはずの事実だったのに、『オレ』は驚くこともなかった。
驚かなかったのは、ココロ編でもその話が出てきており、プレイヤーは既に知っている事実だから、なのであろう。
だが、あくまでプレイヤーが知っていても、悟個人では知らない事実である。
だから『オレ』は辻褄を合わせるため、このことを忘れたことにしているのだ。無意識のうちに……。
他にも、カボチャが嫌いなこと、時計を腕につけないこと、理系人間であること――
これらはココロ編で得た情報を元に作り上げた『オレ』の性格である。
それどころか、こころが『ゆには双子かクローンか?』と尋ねたときの『双子 or クローン』の考えまで『オレ』に伝播しているのだ。
最後に、自分の名前を優希堂悟だと勘違いしたこと。
これも時計台でのわずかな記憶や、こころが体験した人格交換の相手が悟と名乗ったことが原因だろう。
ならば、ココロ編での悟が不自然な存在になってしまう。
その悟は、榎本尚也であるはずなのに、なぜ自分のことを悟と名乗ったのだろうか?
おそらくその悟も、『オレ』と同じような存在だったのかも知れない。
記憶障害に陥っており、自分のことを優希堂悟だと思い込んでいる存在。
その『オレ』は、別のプレイヤーの意思が作り上げた『オレ』なのかも知れない……。
こころと悟の物語は、螺旋のように影響し合って無限に続いていくのだろう……。